2009年7月9日木曜日

写真展無事終了!

2日に始まった写真展も今日で千秋楽。“店番”をしていると10~19時の9時間がとても長く感じるんですが、振り返るとあっという間のような、そうでないような。
短くても長くても1週間は1週間なわけですが、いろいろなことがあり、また考えさせられ、人生にとって貴重な1週間になったと思います。






今日は5時間だけの“営業”でしたが、あっと驚く感動の再会があったり、幼なじみの親友たちが来てくれたり、兄貴と違ってマジメなサラリーマンである弟が外回りの途中でやってきたり……。



今回の写真展は五重塔と、それに関わった人びとという被写体の力に助けられました。たぶんどんな写真家が撮っても、いい作品が生まれたと思います。でも鹿野貴司流の「五重塔ができるまで」を表現できたのではないかと(反省点は多々ありますが)思ったりしています。



そして何よりも、誰が撮ってもいい作品が生まれたであろう被写体を、運よく自分が撮ることができたことにも感謝せずにはいられません。撮影の機会を与えてくださった身延山の方々、危険な現場にもかかわらず快く撮影に応じてくださった大成建設や金剛組など工事関係者の方々、発表の場を下さったキヤノンギャラリーの方々、それを告知してくださったメディアの方々、時間と経験と能力の足りない作者をサポートしてくれた土屋さん小澤くん他の仲間、そして何よりも会場に足を運んでくださった方々に感謝感謝です……。



一方でスケジュールが合わずお越しいただけなかった方々や、こちらの告知不足で撤収後に会場へやってきてしまった方々もおられ、申し訳ない気持ちでいっぱいです。札幌・仙台の巡回展のほか、また何らかのかたちでご覧いただける機会を作りたいと思っています。



なお来場者数はカウンター測定値ですが、6日間(実質5.555……日間)でのべ3961人でした。まあこのうち1%くらいは僕だと思いますが(笑)。
また何度も来てくださったリピーターが多かったのも、意外というかうれしい結果でした。「もう一度じっくり見たかった」という方や、「この写真に囲まれていると安らぐ」という方もおられました。



ともあれのべ3961人(-自分)の皆さんに改めて感謝感謝です。






そして午後3時まで身延山だったスペースは、あっという間に昭和30年の集合住宅に早変わり。明日からは次の写真展が始まります。



実は僕もいち早く拝見したのですが、僕に続いてまたまたドキュメンタリー。かつて江東区にあった同潤会白河アパートに、完成当初から解体直前まで住んでいたという内海三郎さんの写真展「昭和30年頃の同潤会アパート」です。
大正生まれという内海さんと少しお話ができたのですが、「記録とか作品なんてたいそうなもんじゃなくて、ただコンテストのために近所を撮っていただけですよ」と謙遜されていました。その頃はそうだったのかもしれませんが、今となっては二度と撮影できない貴重な記録。また一点一点のクオリティも高く、50年以上前の内海さんが真剣に撮影に取り組んでいたのがひしひしと伝わりました。



五重塔の写真もそうやって後の人びとにも見てもらえるといいなあ……。






しかし午後3時の終了とともに、お疲れさまのメールや電話が続々……。その返信やら応答やらでなかなかギャラリーを離れられず、荷物を抱えて帰宅したのが午後6時半。ブラインドの向こうがかすかに赤いので上げてみると、厚い雲の先に真っ赤な夕陽。うーん、なんだか明日からいいことがありそうだ……根拠はありませんが。



まあここまで突っ走ってきたので、少しオツムの中が青春ドラマ化しているのでしょう。






090709_7080168 ■オリンパスペンE-P1+17mm

でも明日からは“通常営業”……?